無駄な時間はあっても、無駄な経験はない
──介護の現場で過ごした日々が、今の私の力になるまで──
「昔の仕事って、今に役立つことなんてあるんだろうか?」
そんなふうに考えたことはありませんか。
あの頃の私は、まさにそう思っていました。
介護の現場で働いていた時間は、忙しさと責任の重さに押しつぶされそうで、「この経験が将来につながるのだろうか」と不安になることもしばしばでした。
ですが今、パーソナルトレーナーとしてさまざまなお客様と向き合う中で、ふと気づくことがあります。
――あの頃の経験が、確かに今の私の土台をつくってくれているのだ、と。
当時は見えなかったその意味が、今ははっきりとわかるようになりました。
■ 介護の現場で知った、“人の声を聴くこと”の本当の重み
介護の現場は、日々、多くの人の思いが行き交う場所です。
利用者さま、家族、スタッフ。それぞれが違う背景や価値観を持ち、ひとつのケアを共有していきます。
ある時期、現場の声や違和感がなかなか届かず、次第に職場の空気が重たくなっていくのを感じていました。
「こうすべき」という意見だけが先行し、現実のニーズと噛み合わないまま状況が動いていく――そんな場面に何度も直面しました。
その中で私は、心に深く刻まれる学びを得ました。
・相手の声に真剣に耳を傾けること
・現場のリアルな感覚に目を向けること
・責任を共有しようとする姿勢こそが信頼を生むこと
これは、机上で学んだ知識ではなく、日々の関わり合いの中で身にしみて理解したものでした。
そしてその学びは、今も私の仕事に生き続けています。
パーソナルトレーニングでも、最初に私が大切にするのは “相手の言葉に耳を澄ませること”。
どんなに丁寧に伝えられた目標や希望より、ふとこぼれた違和感やため息の中にこそ、本当のニーズが隠れていることを知っているからです。
■ シニアの身体と心に寄り添えるのは、介護の経験があるから
私が活動しているリバティ+リウムには、シニア世代や高齢のお客様も多くいらっしゃいます。
筋力や体力の変化だけでなく、日常生活での不安や戸惑いを抱えている方も少なくありません。
そんな方々と向き合うとき、私の中で自然と介護時代の感覚がよみがえります。
・高齢の身体特有の動きや癖を理解すること
・「できない」不安に寄り添うこと
・急がせず、安心できるペースで進めること
これらは、トレーナーとしての技術や知識だけでは身につかない視点です。
以前、ある高齢のお客様がこんな言葉をかけてくださいました。
「前のジムでは、トレーナーさんに少し困ったような顔をされたの。
たぶん“高齢者は扱いづらい”って思われたんだと思う。
でも鬼塚さんはいつも笑って迎えてくれるから、ここに来るのが楽しみなの。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなりました。
トレーニングの質を上げることも大切ですが、それ以前に**「一緒にいて安心できる存在であること」**が信頼の基盤だと強く実感しました。
そしてその“安心を届ける感覚”こそ、介護の現場で育ててもらったものだと思っています。
■ 「ありがとう」のひと言が、過去の時間に意味を与えてくれた
ある日、訪問トレーニング先で、お客様のご家族から声をかけられました。
「鬼塚さん、介護のお仕事をされていましたよね?
実は、介護の書類の説明を受けたけれどよくわからなくて…。もう一度聞きたいけど、聞きにくくて。」
その言葉を聞いたとき、胸の奥が静かにざわつきました。
まさかトレーナーという形で介護の知識が求められる日が来るとは思っていなかったからです。
一緒に書類を確認しながら説明を終えると、その方は安心した表情でこう言ってくださいました。
「ありがとう。また困ったら相談してもいいですか?」
その瞬間、心にすっと温かいものが流れ込みました。
あの時「無駄かもしれない」と感じていた経験が、誰かの不安を軽くし、背中を押す力になっている。
報われなかったと感じていた努力も、悔しい思いで泣いた夜も、
全部が“今の私”をつくっていたのだと、ようやく理解できた気がしました。
■ 経験は、思いがけない形で未来につながる
過去の自分に会えるなら、私はこんなふうに伝えると思います。
「その経験、きっと意味があるよ。
今はつらくても、いつか“あの時間があったから”と思える瞬間が来るから。」
人生で積み重ねてきた経験は、一見すると無関係に見えるものばかりです。
でも実際には、点と点がいつの間にかつながって、未来で大きな役割を果たすことがあります。
介護で学んだことは、私の中で確かな強さになりました。
そして同時に、人の痛みや不安を理解できる“やさしさ”としても残っています。
無駄だと思った時間ほど、後で宝物になる。
そのことを、今の私は心から信じています。
■ 最後に──あなたの過去の経験も、必ず未来につながっています
今のあなたが、「意味がない」と感じている経験があるかもしれません。
でも、人生のどこかで、それが誰かを救う力になったり、自分の支えになったりする日が必ず来ます。
無駄な時間はあっても、無駄な経験はない。
私は、あの頃の自分にようやく「ありがとう」と言えるようになりました。
そして、これからもその経験を大切にしながら、人と向き合っていきたいと思っています。